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横浜地方裁判所 昭和59年(わ)1838号 判決

主文

被告人福井を懲役三年に、同河本を懲役二年八月に、同播岡を懲役二年一〇月に、同小澤を懲役二年六月に、同日向を懲役二年六月に各処する。

未決勾留日数中、被告人河本に対しては三〇日を、同小澤に対しては六〇日を、同日向に対しては八〇日を、それぞれその刑に算入する。

この裁判確定の日から、被告人福井に対し五年間、同河本に対し三年間、同播岡に対し四年間、同小澤に対し三年間、同日向に対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人福井を右猶予の期間中保護観察に付する。

訴訟費用のうち、証人甲に支給した分は、被告人福井、同河本、同播岡、同日向の連帯負担とし、証人乙に支給した分は、被告人福井、同河本、同播岡、同小澤の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人福井ほなみ(旧姓田窪)は、横浜市中区福富町西通三五番地一、大野屋ビル二階所在のバー「パーム」の営業名義人(昭和五九年三月二二日営業許可)であると共に、実質的にも夫の田窪義孝(昭和五九年七月五日協議離婚)と一緒に同店を経営していたものであり、被告人河本一生はバーテンダーとして、同播岡義朗及び同小澤榮喜は客引き(パイラー)として、同日向八重子はホステスとして、それぞれ同店に働いていたものであるが、

第一被告人福井、同河本、同播岡、同日向は、同店のホステス坂本厚子らと共謀の上、客である甲(その当時四二歳、工員)を昏酔させてその所持金等を盗取しようと企て、昭和五九年六月一五日午後一〇時三〇分ころから翌一六日午前二時ころまでの間、被告人播岡の誘いに応じて女遊びの意図で同店に来た右甲に対し、坂本らにおいて、同人を酔いつぶすために、「ダンガン」と称するカクテル(ウォッカを主にしてこれにオレンジジュースや炭酸類等を混ぜたもの)を「精力剤のジュースよ。飲んで。」などとアルコール分の含まれていない飲料であるかの如く言葉巧みにすすめ、その口許に流し込むなどして、これを甲に飲ませ、次第に悪酔いしてきた同人から、被告人福井において、口実をもうけて腹巻内の現金約九六万円を取り上げたうえ、間もなく同人をしてほとんど意識不明の状態にまで酔いつぶれさせ、もつて、同人を昏酔せしめてその財物を盗取し、

第二被告人福井、同河本、同播岡、同小澤は、前記坂本らと共謀の上、客である乙(その当時四八歳、高校教員)を昏酔させてその所持金等を盗取しようと企て、同年七月一日午後一〇時ころから一二時前ころまでの間、被告人小澤の誘いに応じて来店し、ウイスキーの水割りなどを飲んで約一時間後に帰る素振りを示した右乙に対し、坂本らにおいて、前同様の「ダンガン」を「サービスのジュースよ。飲んで。」などとアルコール分の含まれていない飲料であるかの如く言葉巧みにすすめ、その口許に流し込むなどして、これを乙に飲ませ、同人をしてほとんど意識不明の状態にまで酔いつぶれさせたうえ、そのころ、坂本において乙の着衣ポケット内から現金約四五万円ほか八点在中の財布(時価約一万円相当)を抜き取り、もつて、同人を昏酔せしめてその財物を盗取し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

弁護人は、被告人らが「パーム」店内で、判示第一の甲及び同第二の乙から各所持金を盗取したことに間違いはないけれども、各被害者は当時いずれもさほど酩酊しておらず、「昏酔」の状態に陥つていなかつたことが明らかであるうえ、被告人らには各被害者を「昏酔せしめて……盗取する」という昏酔盗の故意がなかつたのであるから、被告人らの各所為は窃盗罪に該当するにすぎない、と主張する。

しかし、前掲各関係証拠を総合すれば、判示第一及び第二の事実(訴因変更前の各公訴事実とほぼ同一の事実)は十分に認められ、各昏酔盗(既遂)の成立は否定できない。若干の説明を加えると、

(1) 本件において、「パーム」の店内でホステスの坂本らが、判示第一の日時ころ甲に対し、同第二の日時ころ乙に対し、判示の「ダンガン」を判示の如くすすめるなどしてこれを飲ませたこと、その後に被告人福井が判示の如くして甲の所持する現金を取り上げたこと、坂本が被告人福井の合図で判示の如くして乙の着衣ポケット内から現金等在中の財布を抜き取つたことはいずれも前掲各関係証拠上明らかであつて、被告人らも捜査、公判の段階を通じて争わないところである。

(2)  坂本は、甲や乙に「ダンガン」を飲ませたのはこれを酔いつぶして所持金を盗取するためであつた旨供述している。そこで、まず、かかる坂本らの行為が、客観的にみて、刑法二三九条にいう「人ヲ昏酔セシメテ其財物ヲ盗取」する犯罪の実行の着手に該当するかどうかを検討するに、「パーム」において被告人河本らが調製した「ダンガン」は、判示のとおり、ウォッカを主にして、これにオレンジジュースや炭酸類等を混ぜたカクテルであつて、目薬その他の異物は混入されておらず、そのアルコール濃度は一六ないし一七パーセント程度(但し、被告人河本は、ウォッカの量をふやしてもつと高濃度の「ダンガン」を調製したこともある旨述べている。)にすぎないし、これが飲用摂取による人体への生理的作用ないし効果、影響も科学的に十分解明されたものとはいえない。しかし、この「ダンガン」を判示の如く、あたかもアルコール分の含まれていない飲料であるかのように言い錯覚させながら飲ませたときには(そのため、「ダンガン」のベースには無色無臭のウォッカが使用され、オレンジジュースやコーラ、グリーンティなど混入したアルコール以外の飲料に酷似した外観を呈する。)、ほとんどの者が急激に悪酔いし、多くの場合、短時間内にほとんど意識不明の状態あるいは完全な酔いつぶれの状態に陥るのであつて、このことは被告人らの関係供述に徴して明らかであり、経験的にも十分是認できるところであるから、人をして昏酔せしめるに足る行為としての定型性はこれを肯定するのが相当である(前掲のビデオテープ及び昭和五九年八月二三日付実況見分調書によると、被害者乙の供述に現われた当時の飲酒状況を前提とし、これとほぼ同一の条件のもとで、三名の警察官が「ダンガン」を飲んだところ、一名はコップ二杯分を飲んだあと急激に吐き、苦しみながら意識不明の状態に陥り、残りの二名はコップ三杯分を飲んだあと間もなく足腰をとられて横たわり、次第に意識朦朧に近い状態に陥つたことが認められる。これが「ダンガン」の中身を理解した者による実験であることを考慮すれば、右結果は「ダンガン」の人体に対する効果、影響がかなり強烈であることの有力な証左というべきである。尤も、右実験結果にも現われているように、「ダンガン」の人体に対する作用ないし効果、影響にはかなり個人差が存し、これが比較的少いと思われる麻酔薬、睡眠薬を服用させる場合にくらべると、人を昏酔させる手段として確実性に劣る点があることは否めないけれども、これをもつて定型性を欠くものということはできないところである。)。

(3) そして、〈証拠〉によれば、(ア)被告人らは、いずれも前示の如き「ダンガン」の作用ないし効果を知悉したうえで、これまで「パーム」あるいはその前身の「マリ」、「ペペルモコ」などにおいて、多くの客に対し、これを悪酔いさせ、ひいては酔いつぶす手段として「ダンガン」を使用してきたものであること(但し、本件の如き場合のほか、いやな客に対し、これを早く追い出す口実として使用する場合、多少酩酊している客に対し、勘定をごまかす程度の意図で使用する場合、女遊びを理由に大金を出させた客に対し、これを忘れさせるために使用する場合などがあつたという。)、(イ)判示第一において、被告人福井、同日向及び坂本らは、甲を接待するうち、同人が飲酒せずに女遊びの催促ばかりしているやつかいな客で、しかもその腹巻内にかなりの大金を所持しているものであることを察知したため、互いに意を通じたうえ、同人を酔いつぶして所持金を盗取しようと決意し、被告人河本の調製した「ダンガン」(コップ二杯分位と湯のみ茶碗一杯分位)を判示の如くすすめるなどして、甲に飲ませたこと(甲が現実に摂取した量はコップ一杯分余りと茶碗の分一口)、(ウ)判示第二において、坂本は、乙を接待し、同人が多少の金を持つていると思われるのに女遊びの話に乗らず、ホステスにドリンク類をおごることもなく、一人で水割り等を飲んで一時間程のちに帰る気配を示したりしたことから、独断で同人を酔いつぶして所持金を盗取することを決意し、途中で店に姿を現わした被告人福井も坂本の意図を知つてこれに了承を与え、同河本の調製した「ダンガン」(コップ三杯分位)を判示の如くすすめるなどして乙に飲ませたこと、(エ)被告人河本は、さして広くなく(営業所面積37.44平方メートル、テーブル六脚)、たてこんでもいなかつた店内に現在し、坂本らの注文に応じて「ダンガン」を調製提供したもので、その際にはこれが金員盗取のための酔いつぶしに使用されるものであることを少なくとも未必的には認識し、認容していたこと、(オ)被告人播岡及び同小澤は、パイラー等として行動したもので、自己の誘つた甲あるいは乙が店内で酔いつぶされて所持金を盗取されるものと確定的に予見していたわけではないが、これを未必的に認識し(特に、被告人播岡は甲を店内に入れた際、同福井らに「本命だよ。」という発言をしていて、甲が昏酔盗を含む違法行為の被害者となり易い者であることを認識していた。)、その場合にパイラーとして受ける多額の分配金を期待する気持等から、これを認容していたものであつて、犯行後の被害者の他所への放置にも何らの抵抗なく協力していること、以上(ア)ないし(オ)の事実が認められるのであつて、各被告人に昏酔盗の故意と実行の着手に関する共同正犯責任が存することは否定できない。

(4)  進んで、本件における「ダンガン」の飲用直後から所持金盗取に至る各被害者と被告人らの言動の関係情況をみるに、(ア)前掲の甲供述によると、同人はコップ二杯の「ジュース」(実際は「ダンガン」)のうち一杯分余りを飲み、次第に気分が悪くなつたが、そのうち坂本(実際は被告人福井)から、「酔つているので預つてあげる。」などと言われて、苦しいために緩めておいた腹巻の中の札束を取り上げられ、一応「よせ。返せ。」などと言つたもののそれ以上の行動に出なかつたところ、更に、「気持が悪いのなら」などと言われて「お茶」(実際は「ダンガン」)を出され、これを一口飲んだ前後ころから急激に吐き気がした、すぐに立つて便所の前で吐き、席まで戻つたことを覚えているが、あとはほとんど意識がない、その後、「もう時間だ。早く出て。」などの声が聞え、二人位の男からかかえられて階段を降ろされたこと、自動車に乗せられたこと、自動車から降ろされたことなどを部分的に想い出すが、最後まで所持金のことは頭に浮かばなかつた、というのである(同人は、元来、アルコール類に弱い体質で、本件当夜も「パーム」に来るまで全く飲酒しておらず、同店内でも注がれたビールをコップで半杯位飲んだだけ、というのであるから、同人の供述に現われる意識の混濁や記憶の欠落は全て「ダンガン」の影響によるものと認められる。)。一方、被告人福井、同日向、坂本らの前掲関係供述によつても、甲は、被告人福井に対し、「よせ。返せ。」などと言つたあと、しばらく(せいぜい二〇分間位)坂本らと雑談していたが、その際、「俺の金がなくなつた。」などと言いながらもこれを被告人福井に取り上げられたことすら想起できない状態であり、そのうち吐いて、テーブルに顔を伏せ、眠つてしまつたので、暫時様子を見てから、大丈夫と判断して同被告人が自動車の手配を指示し、その後被告人河本らが二、三人掛りで、同人を店から出し、階段を降ろして自動車に乗せた、というのである。これらの関係証拠を総合すれば、「ダンガン」を飲まされたのち腹巻内の現金を取り上げられた時点において、甲がまだ「昏酔」の状態に陥つていなかつたことは、検察官、弁護人双方が指摘するとおりであるが、同人はその後間もなく店内で飲まされた「ダンガン」の影響によりほとんど意識不明の状態にまで酔いつぶされたもの――これが刑法二三九条の「昏酔」に該当することはいうまでもない。――と認められるのであつて、これを全体的に考察すると、昏酔盗未遂と窃盗既遂の二罪(包括一罪)とみるよりは、昏酔盗既遂の一罪と認定、評価するのが相当である。(イ)前掲の乙供述によると、同人は「ダンガン」を飲まされるまで、ほとんど酔いを感じていなかつたし、意識も正常であつたところ、サービスで出された「ジュース」や「コーラ様の飲物」(実際にはいずれも「ダンガン」)を飲まされたあと急激に気分が悪くなり、便所まで行くことも出来ずにテーブルの傍で吐き、「酔いざましよ。」と言われて更に「ジュース」(実際は「ダンガン」)を半分位飲んだのちそのままテーブルのキャンドルに頭をあてる形で意識を失つてしまつた、次に気付いたのは見知らぬ駐車場で、夜空を見て放置されたものであることが判つた、翌日になつてから、髪の毛の一部がこげているのに気付いた、というのである。一方、被告人福井や坂本らの前掲関係供述によつても、乙は最初の「ダンガン」二杯位を飲んだあとで吐き、しばらく雑談に応じていたものの次第に仮睡に近い状態に陥つたので、追加の勘定をしてもらいたい旨三回位声を掛けたところ、同人はやつと気付いて財布の中から二万円を出したが、そのあと仲々財布を着衣のポケットに納めることが出来ず、結局、半分位はみ出した形で納めるとそのまま仮睡状態に入つた、この様子を見て、被告人福井が大丈夫である旨の合図をし、坂本がこれに応じて右財布を抜き取つたが、全く気付かれた気配はなく、その後、更に、うとうとしている乙の口許に「ダンガン」を持つていつて飲ませたりした、同人がすつかり酔いつぶれたのを確かめてから、被告人河本らが二、三人掛りで同人を外に出した、というのである。これらの関係証拠を総合すれば、乙はその財布を抜き取られた時点ですでに「昏酔」状態に陥つていたものと認めるのが相当であつて、被告人らの所為が「昏酔セシメテ……盗取」したものであることは否定できないところである。弁護人が指摘する諸点は右結論を左右するに足りない。

なお、各犯行の既遂時期について、検察官は、被告人らが甲や乙を「パーム」店から自動車に乗せて連行し、他所に放置した時点とみるべき旨主張しているけれども、甲及び乙が「パーム」店内で「昏酔」状態に陥つた以上、理論的には、甲につきその時点で、乙につきその後盗取された時点で、昏酔盗の既遂に達したものと認めるのが相当であつて、本件各犯行に関する限り、他所への放置行為は犯行の発覚を防止等するための事後行為にすぎないと解される。

叙上(1)ないし(4)のとおりなので、判示各事実を認定した次第である。

(法令の適用)

1  構成要件と法定刑を示す規定

判示第一、同第二とも、刑法六〇条、二三九条、二三六条一項

2 併合罪の処理  刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(第一の罪の刑に同法一四条の制限内で加重)――但し、被告人福井、同河本、同播岡の関係

3  酌量減軽  刑法六六条、七一条、六八条三号

4  未決勾留日数の算入  刑法二一条――但し、被告人河本、同小澤、同日向の関係

5  刑の執行猶予  刑法二五条一項

6  保護観察  刑法二五条の二第一項前段――但し、被告人福井の関係

7  訴訟費用  刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(量刑事由)

本件は、被告人福井を中心とするバー「パーム」の関係者によつて、いわば店ぐるみで敢行された昏酔盗事犯であつて、罪質が重いことはいうまでもないが、客に対する「ダンガン」の飲ませ方は巧妙かつ強引であり、所持金の全額を盗取したうえ、犯行の発覚を防止等するために被害者を自動車に乗せて他所に放置するなど、手口、態様は甚だ悪質といわざるを得ず、しかも、各犯行において盗取した現金はいずれも多額である。店内に現在した最高責任者であり、各犯行の遂行を決断し、判示第一では直接に、同第二では坂本に指示して各盗取行為に及んだ被告人福井は最も厳しく非難されるべきものであるが、各犯行当時店内に現在し、バーテンとして「ダンガン」を調製、提供した被告人河本、パイラーとして判示第一の被害者を店に誘い、かつ、同第二では被害者を駐車場に放置した被告人播岡、同第二の被害者を店に誘つた被告人小澤、同第一の犯行に際し、坂本らと共に被害者の接待等に関与した被告人日向も、それぞれ、その立場、役割(及びその反映としての犯行による分配金額)等に応じた責任を問われるべきものである。更に、「パーム」においては、これまでにも、暴利をむさぼる不当営業の域を超えた違法行為――必ずしも本件と同じ昏酔盗(既遂)を構成するものとはいえないとしても、酔いつぶれた客からその所持金を盗んだり、ホステスが客の遊び相手となるような態度を示して大金を出させたのちに酔いつぶしてこれを忘れさせるなど――が何回か繰り返されていたことが窺われ、各被告人ともこれに関与していた形跡がある点も看過できないところであつて、これらの諸点にかんがみる限り、被告人福井をはじめ各被告人の刑事責任は、いずれもかなり大きく重いものといわなければならない。

しかしながら、仔細に検討してみると、本件各被害者はいずれも事情があつて(一人はかつて関係した暴力組織への縁切り金として、一人は重態の実母のため病院に支払うべき費用として)特に多額の現金を携帯していたものであるにも拘らず、歓楽街を徘徊したうえパイラーの甘言に応じて一見の店に入つたものであつて、軽率であり、特に、判示第一の被害者は女遊びの意図で「パーム」に入り、複数のホステスの前で腹巻内に大金があることを暗示する言動に及ぶなど、犯行誘発の落度があつたことは否めないところ、各被害者に対しては、すでに盗取した現金が全額返済されて金銭的損害が填補されたほか、第一の被害者には二四万円の慰藉料が支払われていて、各被害者は被告人らの厳罰を望んでいない情況であること、各被告人にはこれまで特に非違すべき前料がないこと(被告人河本、同日向には全く前料がなく、同福井、同小澤には風俗営業取締法違反罪による罰金前科があるだけで、しかも、同小澤のそれは一〇年以上前のものである。被告人播岡には売春防止法違反罪による懲役前科――執行猶予付――があるが、最近五年間は無前科である。)など、被告人らのために斟酌すべき事情も少なからず存在する。これらの諸事情を斟酌し、更に、現段階における本件関係者の処分状況、特に、本件で訴追されたのは被告人五名とホステスの坂本及びパイラーの佐藤の二名であるが、佐藤は勿論のこと、被告人福井に次ぐ重大な役割を果し、個人として最も多額の金員の分配を受けた坂本に対してもすでに執行猶予付の判決が確定していること、他方、本件当時被告人福井の夫であり、実質的には同被告人と共同して「パーム」を経営していたもので、前示の如き違法行為にも深く関与していたとみられる田窪義孝に対しては、処分保留の状態が続いていること(もとより、当裁判所は、田窪の弁解も聴いていない現時点において、同人が本件各犯行の共同正犯あるいは教唆犯または幇助犯の責任を負うべきものと断定しているわけではないし、「パーム」における田窪の役割を強調し、被告人福井はその道具にすぎなかつたとか、他のホステスらとその刑責に径庭はないなどの弁護人の主張に左袒するものではない。)、これまで、飲食店の営業の逸脱として犯された本件の如き違法行為について昏酔盗という厳しい刑責の追及がなされたことはなかつたものと考えられること(「ダンガン」の用法等についての関係供述によれば、少なくとも本件の摘発までは、横浜市内にも類似の違法行為を行つている店が存在したことが窺われる。)、かかる意味で被告人らの罪悪感は当初比較的稀薄であつたし、不公平感を抱いた被告人も存したのであるが、本件の訴追と審理を通じて、各被告人とも事犯の重大性を認識し、真剣に反省悔悟していると認められること、その他各被告人の年齢、経歴、家庭事情(特に、被告人福井には、米国人の前々夫との間に生まれた二人の子供と前夫田窪を父親とする二人の子供がいて、同被告人はこれを監護、養育すべき立場にあること)、社会内更生の見通しの有無、程度等、諸般の情状をも加えて総合考察した結果、被告人らに対しては主文第一項の懲役刑を科するが、同第三項のとおり、いずれもその執行を猶予することとし、なお、被告人福井を同第四項のとおり保護観察に付することとした。

(検察官平良格、弁護人川島清嘉(主任)各出席)

(堀内信明)

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